東京高等裁判所 昭和47年(ネ)625号 判決 1974年4月08日
控訴人 村井卓爾
控訴人 村井敏江
右両名訴訟代理人弁護士 飯島正典
被控訴人 金子寿太郎
右訴訟代理人弁護士 三輪一雄
主文
一(一)原判決中、控訴人村井卓爾に対し金員の支払を命じた部分を左のとおり変更する。
控訴人村井卓爾は被控訴人に対し昭和四四年六月一日以降同年九月二四日までおよび同年一二月一三日以降原判決添付別紙物件目録記載の店舗兼共同住宅のうち同目録中表示の店舗三四・七一平方米の部分の明渡ずみにいたるまで各一ヶ月金三五、〇〇〇円の割合による金員を支払え。
被控訴人の控訴人村井卓爾に対するその余の金員請求を棄却する。
(二) 控訴人村井卓爾の控訴を右以外の部分につき棄却する。
二 控訴人村井敏江の控訴を棄却する。
三 控訴費用中、原審および当審において控訴人村井卓爾と被控訴人との間に生じた分は全部控訴人村井卓爾の、当審において控訴人村井敏江と被控訴人との間に生じた分は控訴人村井敏江の各負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述および証拠の関係は、双方代理人において次のとおり付加訂正するほか原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
一 被控訴代理人の陳述
(一)(イ)被控訴人から控訴人村井卓爾にあてた昭和四四年九月一三日付内容証明郵便は、受取人不在のため、配達員において、集配郵便局郵便取扱規定(昭和四〇年四月一六日公達第二五号)第一六一条の規定に基づき、昭和四四年九月二六日まで右内容証明郵便を所轄の横浜港郵便局で保管しておくから指定のいずれかの方法により受取るようにとの記載をした不在配達通知書を、配達に赴いた同年同月一六日控訴人村井卓爾宅の郵便受箱に差入れる処置を講じたことにより、当日、控訴人村井卓爾の受領しうる状態におかれたものであって、かくして被控訴人と控訴人村井卓爾との間の賃貸借契約は、同年同月二四日かぎり解除されるにいたった。
(ロ) 仮りに右により被控訴人の控訴人村井卓爾に対する延滞賃料の支払催告および賃貸借契約の停止条件付解除の意思表示の到達が認められないとしても、本件訴状の送達により被控訴人から控訴人村井卓爾に対して、右内容証明郵便の記載内容と同様の催告および停止条件付解除の意思表示がなされたものであって、その結果として、被控訴人と控訴人村井卓爾との間の賃貸借契約は、昭和四四年一二月一九日の経過とともに解除されたのである。
(ハ) 仮りに右述のごとき内容証明郵便の到達または本件訴状の送達によりなされた催告および停止条件付解除の意思表示に基づいて被控訴人と控訴人村井卓爾との間における賃貸借契約の解除されたことが認められないとしても、右賃貸借契約については、左のような経過によって解除の効力が生じたものである。
右賃貸借契約の締結に際して作成された公正証書において、控訴人村井卓爾は賃料を期日に支払わないことによって被控訴人に対する信頼関係をそこなったときには催告を要しないで契約を解除されても異議のない旨が当事者間に約定されたのである。しかるに控訴人村井卓爾は、再三にわたり賃料の支払を怠ったため、昭和四〇年九月七日付で、今後そのようなことがあったときはいかなる処分を受けても一切異議をいわないことを確約する旨の「誓約書」と題する書面を被控訴人に差入れた。にもかかわらず、その後も控訴人村井卓爾は、しばしば賃料の延滞を繰返し、被控訴人から警告を受け、昭和四二年七月一九日付の「約束証」と題する書面を被控訴人に差入れて、賃料債務の履行を怠った場合には契約を解除されても異議のないことを再確認した。叙上のような経過と相俟てば、控訴人村井卓爾は、被控訴人に対し昭和四四年六月分以降の賃料債務の不履行により賃貸借契約の当事者間における信頼関係を破壊したものといわなければならない。したがって被控訴人と控訴人村井卓爾との間の賃貸借契約は、右を原因として、延滞賃料の支払催告を要することなく本件訴状の送達により解除されたものというべきである。
(二) 本件における被控訴人の請求中、控訴人らに対する建物明渡請求は所有権に基づくものであり、控訴人村井卓爾に対する金員請求は賃貸借契約の解除までの間についての賃料と右解除後における被控訴人の建物所有権侵害による損害についての賠償を求めるためのものである。
二 控訴代理人の陳述
(一)(イ)被控訴人から控訴人村井卓爾にあてた昭和四四年九月一三日付内容証明郵便が控訴人村井卓爾の受領しうべき状態におかれたことは否認する。要するに、右内容証明郵便による被控訴人の控訴人村井卓爾に対する賃料債務の履行についての催告および賃貸借契約の停止条件付解除の意思表示は控訴人村井卓爾に到達しなかったものである。
(ロ) 本件訴状の文面には、被控訴人の主張するような催告および停止条件付解除の意思表示に関する記載は全く存しないのであるから、その送達の結果として、被控訴人と控訴人村井卓爾との間の賃貸借契約につき解除の効力が生ずるいわれはないものというべきである。
(二) 被控訴人が控訴人村井卓爾において支払を延滞したと主張する昭和四四年六月分から九月分までの賃料については、かえって被控訴人に受領遅滞の責のあることに関し、左のとおり敷衍する。控訴人村井卓爾は、昭和四四年五月三一日同年六月分の賃料を支払うべく被控訴人方に赴いたが留守であったため、翌日現金書留郵便をもって右賃料を被控訴人あてに送金したけれども被控訴人において受取を拒んだため返送されて来た。ところで、控訴人村井卓爾は、先に昭和四四年三月分および四月分の賃料についてした弁済供託が無効であると被控訴代理人からいわれたこともあって、同年六月分以降の賃料に関する供託をためらいつつ苦慮しているうち本件訴訟が提起されるにいたったので、控訴代理人の勧告に従い、昭和四四年一二月二六日同年六月分から昭和四五年一月分までの賃料合計金二八〇、〇〇〇円を弁済のため供託した。以上のごとき事情にてらしても、被控訴人が昭和四四年六月分以降の賃料の受領を遅滞していることは明らかであり、控訴人村井卓爾の債務不履行を理由として賃貸借契約が解除されたと主張するのは信義誠実の原則にも違背して許されないものというべきである。
三 証拠≪省略≫
理由
一 原判決添付別紙物件目録記載の店舗兼共同住宅が被控訴人の所有にかかるものであり、右建物のうち同目録中表示の店舗三四・七一平方米の部分(以下「本件店舗」という。)を控訴人村井卓爾が本件訴状送達の日(昭和四四年一二月一二日であることが本件記録上明らかである。)以前から占有していることは、当事者間に争いがないところ、≪証拠省略≫によれば、本件店舗は、控訴人村井卓爾が営業許可を受け、妻の控訴人村井敏江とともにバーを経営するために共同で占有していることが認められる。≪証拠省略≫中、控訴人村井敏江は控訴人村井卓爾のバーの経営を手伝っているに過ぎないものであるとの趣旨の部分は措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
二 被控訴人が昭和三八年七月九日本件店舗を控訴人村井卓爾に賃貸し、賃貸期間を五年、賃料を一ヶ月金三〇、〇〇〇円、毎月末日かぎり翌月分支払のこと、賃料支払の遅滞の場合には賃貸借契約を解除しうることが約定されたこと、昭和四三年七月八日右賃貸借契約の期間満了に際して、賃料を一ヶ月金三五、〇〇〇円に改訂するほか前同一の条件により契約が更新されたこと(この更新にかかる契約を以下「本件賃貸借契約」という。)は、当事者間に争いがない。
三 そこで、本件賃貸借契約が解除されたという被控訴人の主張につき、その順序に従って検討する。
(一) 昭和四四年九月一三日発信の内容証明郵便による解除の成否について。
≪証拠省略≫によれば、被控訴人が控訴人村井卓爾に対し昭和四四年六月分から九月分までの賃料を書面の到達後一週間以内に支払うべく、もしその支払がないときには本件賃貸借契約は解除されるべき旨の催告および停止条件付解除の意思表示をするための内容証明郵便を同年九月一三日横浜中央郵便局から発信したところ、控訴人村井卓爾の不在のため配達ができず、同年同月一六日配達員において集配郵便局郵便取扱規程(昭和四〇年四月一六日公達第二五号)第一六一条の規定するところに従って、右郵便物は同年同月二六日まで横浜港郵便局に保管されているので、指定のいずれかの方法によりこれを受取られたい旨を記載した不在配達通知書を差置いて来たけれども、控訴人村井卓爾から何らの連絡のないまま右保管期間が経過したので、右内容証明郵便は被控訴人に返戻されたことが認められ(集配郵便局郵便取扱規程中に右のような規定の存することについては、当事者間に争いがない。)、右認定を動かすに足りる証拠は存しない。ところで、≪証拠省略≫によると、昭和四四年九月当時控訴人村井卓爾が家族とともに居住していたのは、現住所と同じく横浜市中区南仲通り二丁目二五番地所在四階建大織ビルの三階三〇一号室であって、右ビルディングの居住者に対して配達される郵便物については、ビルディング自体の出入口に各室別の受箱とほかに各室毎の出入口にそれぞれの受箱とが設けられているが、居住者の移動に伴い何時の間にかビルディングの出入口に設置された郵便受箱には室番号のみが表示され、各室の居住者名が記入されなくなり、室番号を明記しない郵便物の配達が紛れるという事例が往々にしてなくはなかったことが認められるところ、≪証拠省略≫によると、被控訴人が控訴人村井卓爾に対して昭和四四年九月一三日発信した前記内容証明郵便のあて先地は「横浜市中区南仲通り二丁目二五番地」と記載され、控訴人村井卓爾の居室番号は表示されていなかったことが明らかであり、さらに≪証拠省略≫によると、前記認定の不在配達通知書は、ついに控訴人村井卓爾およびその同居の家族の眼に触れるにいたらなかったことが認められるところ、右通知書の配達員による差置が具体的にどのような方法によりされたものであるかということについても、控訴人村井卓爾およびその家族が不在中に届けられた郵便物の入手を当時ことさら回避しようとしていた事情のあったことについても、これを認めうる証拠はない。
上来説示のような状況のもとにおいては、前記内容証明郵便による被控訴人の控訴人村井卓爾に対する催告および停止条件付解除の意思表示は、控訴人村井卓爾に到達するにいたらなかったものとみるのが相当であるから、右内容証明郵便により本件賃貸借契約が昭和四四年九月二四日かぎり解除されたという被控訴人の主張は、他の争点について判断するまでもなく失当であるといわなければならない。
(二) 本件訴状による解除の成否について。
(イ) 本件訴状を通読するに、被控訴人において控訴人村井卓爾に対し前掲内容証明郵便に記載されたと同旨の催告および停止条件付解除の意思表示を本件訴状自体によりする趣旨を明示しまたは黙示的にでも看取できる文言は全く見当らない。したがって、本件賃貸借契約が控訴人村井卓爾の昭和四四年六月分ないし九月分の賃料債務についての履行遅滞に基づき本件訴状の控訴人村井卓爾に対する送達により解除されたとの被控訴人の主張もまた採用するに由ないものというべきである。
(ロ) 本件訴状においては、本件賃貸借契約の終了原因として、控訴人村井卓爾の被控訴人に対する前示四ヶ月分の賃料債務に関する上記内容証明郵便による履行の催告およびこれに応じないことを停止条件とする契約解除の意思表示に基づく昭和四四年九月二四日における解除の効力発生が主張されていることは、文面上明白なところである。しかしながら、右主張のような理由により本件賃貸借契約が解除されたものと解しえないことについては、前掲(一)における判示のとおりである。
ところで、本件訴訟において、被控訴人は、控訴人村井卓爾との関係では、同控訴人が被控訴人所有の本件店舗を占有するについての権原として本件賃貸借契約に基づく賃借権を援用することはできないものであると主張して、控訴人村井卓爾に対し本件店舗の明渡等を請求していることおよび弁論の全趣旨に鑑みるときは、被控訴人としては、本件訴訟において本件賃貸借契約の終了原因に関する上来摘録のような主張が既述のように理由なしとされる場合には、事実関係において右と同一性の認められるかぎりの本件賃貸借契約終了に関する原因を、本件訴状により主張する趣旨であると解するのが相当である。そうであるとすれば、控訴人村井卓爾が被控訴人に対する昭和四四年六月分から九月分までの賃料の支払を遅延したことはそれにいたるまでの経緯と相俟って、本件賃貸借契約における当事者間の信頼関係を破壊したものであり、これを原因とする本件賃貸借契約についての解除の意思表示が被控訴人より控訴人村井卓爾に対して本件訴状の送達によりなされたものであるという趣旨の被控訴人の主張は、その限度においては是認されるべきものであるというべきである。
よって進んで、控訴人村井卓爾に、被控訴人の主張するような催告を要しないで本件賃貸借契約を解除されるに値する信頼関係破壊行為があったかどうか(被控訴人が、単にいわゆる無催告解除の特約のみを根拠として催告を要しないで解除の効力が生じたことを主張するものではなく、控訴人村井卓爾にいちじるしい信頼関係の破壊があったことを原因として賃貸借契約の解除を主張するものであることは、当審第三回口頭弁論調書における被控訴代理人の釈明によって明らかなところである。)について考察する。
≪証拠省略≫を総合すれば次の事実を認めることができる。
(1) 被控訴人および控訴人村井卓爾の間において昭和三八年七月九日本件店舗に関する賃貸借契約が締結されるにあたり、横浜地方法務局所属公証人横山光彦により公正証書が作成されたのであるが、その契約条項中において、控訴人村井卓爾としては賃料を期日に支払わないときには催告を要せず賃貸借契約を解除されても異議のないことが約定された。
(2) 控訴人村井卓爾は、とかく賃料の支払を遅滞しがちで、屡々被控訴人より注意されていたところ、昭和四〇年九月七日当時にも賃料の延滞があったので、これについて詫びるとともに、今後は絶対にかかることのないよう誓約し、もし違約したときにはいかなる処分を受けても一切異議がない旨を記載した「誓約書」と題する書面を被控訴人に差入れたのであるが、昭和四二年七月一九日にも、当時賃料債務の不履行があったところから、賃料は毎月末日までに持参して支払うが、万一にも多少の遅延をやむなくされるときには、すみやかにその事情を説明するように努力し、違背したときには賃貸借契約を解除されても異議のない旨を記載した「約束証」と題する書面を被控訴人に差入れた。
(3) しかるに控訴人村井卓爾は、その後またまた昭和四三年八月分から昭和四四年二月分までの賃料の支払を怠ったことから、被控訴人の代理人である弁護士三輪一雄より内容証明郵便をもって、その催告およびこれに応じない場合における賃貸借契約解除の意思表示を受けたにもかかわらず、催告期間満了後にいたって右賃料を持参したため、同弁護士より受領を拒絶されたので、これを供託した。右に対し同弁護士としては、本件賃貸借契約につき解除の効力が既に発生ずみであるとして紛争を構えることを避けたいから、右供託を受諾することにするが、今後は約定どおり賃料の前払を怠らないようにされたく、もし二ヶ月分以上の延滞があったときには直ちに契約を解除する旨を通告する内容証明郵便を昭和四四年三月七日控訴人村井卓爾あてに発信したところ、不在のため配達ができず、横浜港郵便局における同年同月一八日までの留置期間経過後右郵便物は発信人に返戻された。
(4) 昭和四四年三月分および四月分の賃料については、控訴人村井卓爾においていきなり供託をしたところ、被控訴人の代理人である弁護士三輪一雄から同年四月五日付内容証明郵便により、右供託は無効につき供託金を取戻したうえ、七日以内に同弁護士のもとに持参して支払うようにとの申入を受けたので、そのとおりに処理した。
(5) 控訴人村井卓爾は、昭和四四年五月分の賃料を直接被控訴人に支払い、同年六月分の賃料も同様に支払うべく、同年五月三一日被控訴人方にこれを持参したところ留守であったため、折返し現金書留郵便をもって右賃料を被控訴人に送付したが、受取を拒絶されたという理由を付して返送されて来た。被控訴人は、右郵便物の受取拒絶が家族の手違いに基づくものであったところから、同年七月三日付書状により控訴人村井卓爾に対し、右の事情を説明し、あらためて同年六月分および七月分の賃料を一括して支払われたい旨申送り、右書状はその頃控訴人村井卓爾に到達した。にもかかわらず、控訴人村井卓爾は、本件訴訟が提起された(本件記録によると、同年一一月四日受理にかかる本件訴状の副本が控訴人村井卓爾に送達されたのは同年一二月一二日である。)後の同年一二月二六日に突如として、同年六月分から昭和四五年一月分までの賃料につき、本件訴訟が係属中のため被控訴人においてこれを受領しないことが明らかであるとの理由により供託をするにいたった。
≪証拠判断省略≫
なお、前記(5)において認定にかかる被控訴人から控訴人村井卓爾あての昭和四四年七月三日付書状の到達と本件訴訟の提起との間に、被控訴人が控訴人村井卓爾に対し、同年六月分から九月分までの賃料についての催告とこれに応じないことを停止条件とする本件賃貸借契約解除の意思表示をするため、同年九月一三日内容証明郵便を発したけれども、控訴人村井卓爾に到達するにいたらなかったという経緯のあったことに関しては、先に(一)において説示したとおりである。叙上のような諸般の事情を総合するときは、控訴人村井卓爾が被控訴人に対する昭和四四年六月分以降の賃料の支払を遅滞したことは、前記認定のごときその前後における各種の状況と相俟って、後述するとおり、同年九月二五日から同年一二月一二日までの間の賃料債務については控訴人村井卓爾による供託が有効であることを考慮に入れてもなお、本件賃貸借契約における控訴人村井卓爾の被控訴人に対する重大な信頼関係破壊行為にあたるものと評価するに十分であるというべきである。そして、右を原因とする本件賃貸借契約についての催告を伴わない解除の意思表示が本件訴状の送達により被控訴人から控訴人村井卓爾に対してなされたものと認められるべきことは、既述のとおりであるから、かくして本件賃貸借契約は、本件訴状が控訴人村井卓爾に送達された昭和四四年一二月一二日かぎり、控訴人村井卓爾の被控訴人に対するいちじるしい信頼関係の破壊を理由として解除されるにいたったものと解すべきである。右に反する控訴人らの主張は採用し難い。
四 叙上のとおりであるので、控訴人村井卓爾は、本件賃貸借契約に基づく賃借権をもって、被控訴人所有の本件店舗を占有するについての権原とするに由がなく、控訴人村井卓爾においてその他に正当な占有権原を有すること、さらには控訴人村井敏江が本件店舗を占有するについてその所有権者である被控訴人に対抗しうべき権原を有していることに関しては、何らの主張も立証もされていない(控訴人村井卓爾が被控訴人に対抗しうべき権原を有しない以上、控訴人村井敏江が控訴人村井卓爾の占有権原を援用しても被控訴人に対抗しえないことは明らかである。)。
さすれば、被控訴人に対し、控訴人らは各自本件店舗を明渡し、控訴人村井卓爾は昭和四四年一二月一三日(前記認定にかかる本件賃貸借契約解除の日の翌日)以降右明渡ずみにいたるまで本件店舗の所有権侵害に基づく損害の賠償として、本件店舗の相当賃料額と認められるべき、本件賃貸借契約における一ヶ月金三五、〇〇〇円の割合による前掲約定賃料額と同一の割合による金員を支払う義務があるものといわなければならない。
五 ところで、被控訴人の控訴人村井卓爾に対する前示本件賃貸借契約解除当日までの間における賃料の請求については、以下のごとく判断する。
控訴人村井卓爾が昭和四四年一二月二六日に同年六月分から昭和四五年一月分までの本件店舗の賃料を、本件訴訟係属中につき被控訴人において受領しないことが明らかであるとの事由により供託をしたことは、前掲三の(ロ)の(5)において認定したとおりである。しかるところ本件訴状において被控訴人が控訴人村井卓爾に対して本件店舗の賃料として請求するものと記載されているのは、昭和四四年六月一日以降同年九月二四日まで一ヶ月金三五、〇〇〇円の割合による金額であることが明らかであり、控訴人村井卓爾より被控訴人に現金書留郵便で送付した昭和四四年六月分の賃料が被控訴人の受領拒絶により返戻された後、被控訴人において控訴人村井卓爾に対し、右受領拒絶が手違いであったとして、あらためて同年六月分および七月分の賃料の一括支払を書面により催告した経緯については、前掲三の(ロ)の(5)において認定したところである。
右の諸事情からすれば、被控訴人が本件訴状において控訴人村井卓爾に対し賃料として請求している上示金員に関するかぎり、前記供託は無効であると解すべきである。すなわち、被控訴人において前記のとおり、昭和四四年六月分および七月分の賃料の一括支払を控訴人村井卓爾に督促した後に、控訴人村井卓爾から提供される賃料につき受領を拒否した事実はもとより、そのようなおそれのあったことを認めうる証拠が本件には存しない以上、控訴人村井卓爾があらかじめ提供することなくしてした昭和四四年六月分ないしは昭和四五年一月分の賃料についての前記供託は、昭和四四年六月一日以降同年九月二四日までの間の賃料については、その原因を欠くものとして債務消滅の効果を生じないものといわなければならない。
しかしながら、前記供託のうち昭和四四年九月二五日以降同年一二月一二日(上述のとおり本件賃貸借契約につき解除の効力が生じた日)までの賃料債務に関する部分については、本件訴状における前顕記載に徴して明らかなごとく、当時被控訴人としては、昭和四四年九月二四日に本件賃貸借契約が解除されたと主張して本件訴訟を提起していた以上、その後被控訴人が原審において、本件訴状の送達による控訴人村井卓爾に対する延滞賃料についての催告および催告期間の徒過を停止条件とする解除の意思表示に基づく本件賃貸借契約の解除を、さらに当審にいたって、控訴人村井卓爾の信頭関係破壊を原因とする解除の意思表示の本件訴状の送達による到達に基づく本件賃貸借契約の解除を追加して主張することになった経過を勘案しても、控訴人村井卓爾が前記供託に先立ち、昭和四四年九月二五日以降同年一二月一二日までについて一ヶ月金三五、〇〇〇円の割合による金員を賃料として支払うため被控訴人に提供したとしても、被控訴人においてこれを受領することはなかったと認められるから、右期間についての賃料債務は、控訴人村井卓爾が被控訴人に履行の提供をすることなくした前記供託によって消滅したものといわざるをえないのである。
さすれば、控訴人村井卓爾は、被控訴人に対し、本件賃貸借契約に基づく昭和四四年六月一日以降同年九月二四日まで一ヶ月三五、〇〇〇円の割合による約定賃料を支払う義務があるものというべきである。
六 よって、原判決中、控訴人村井卓爾に対し昭和四四年六月一日から同年一二月一九日まで一ヶ月金三五、〇〇〇円の割合による賃料と同年一二月二〇日以降本件店舗明渡ずみにいたるまで右と同一の割合による損害金の支払を命じた部分を、叙上判示した趣旨にしたがって変更し、右以外に関する控訴人村井卓爾の控訴および控訴人村井敏江の控訴をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条前段、第九五条本文、第八九条、第九二条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判長判事 桑原正憲 判事 青山達 小谷卓男)